【インタビュー】夜になって
――「夜になって」はデビュー前からある曲で。弾き語りの動画もYouTubeに残っていますね。リリースを待っていた人も多いんじゃないかと思うんですが、これはにしなさんにとってどういう曲なんですか?
にしな:「これは20歳のときに書いた曲で……だから今から2、3年前ですね。自分自身のなかに何か答えがあったっていうよりも、考えなきゃいけないって思って書いた曲、考えるきっかけが欲しくて書いた曲なのかなって思います。大きな『愛』というテーマについて。大したきっかけがあったわけじゃないんですけど、そのときの恋人に――なんでその話をしたか覚えていないんですけど、同性愛について話していて、『同性愛って遺伝子のバグらしいよ』みたいなことを言われたんです。それがすごく許せなかったんですよね、自分のなかで。好きな人だからこそ、そういうふうに言ってほしくなかった。すごくモヤモヤして。それがきっかけですね」
――その言葉に強烈な違和感を感じたんですね。それまでも愛について考えることは多かったんですか?
にしな:「多くはない気がします。あんまりそんなに考えたりとかはしなかったかな」
――この曲、とても難しいテーマに真正面から取り組んでいる曲だと思うんです。歌詞を読むと、言葉のひとつひとつに真剣に向き合いながら書いていったんだろうなということがよくわかるんですけど。書いているときはどんなことを感じていました?
にしな:「書いてるときのことはあまり覚えてなくて……なので作り終えて思ったことかもしれないんですけど、人ってやっぱり、自分の頭で考えて出たものしか、その後に残っていかないと思うんです。たとえば自分と違う形で恋愛をする人に対して否定的に捉える人が、この曲を聴くことでそういう愛の体験ができるかもしれないし、その体験はもしかしたらその人の捉え方を変えるかもしれない。いろんな人が根本的に、自分の愛を大切にできるようになるきっかけになりえたらいいなって。そうだったらいいなって思ってます」
――でも、ことさら異性愛だとか同性愛だとかってこだわらなくても、この曲に描かれている愛はもっと普遍的なことを歌っている気がするんですよね。
にしな:「それはすごく嬉しいですね。やっぱり、とらわれたくなくて書いた曲だったので、そういうふうに感じてもらえるのはすごく嬉しいです」
――にしなさんって、学校でジェンダーについて学んでいたんですよね。そういう経験も曲を書くうえで生きていますか?
にしな:「でも、この歌詞を書くときはまだ学ぶ前だったので。でも、そういうテーマについて学ぶ前から、少し興味はあったんだろうなって思います。私、ジェンダーについてすごく学びたかったっていうよりも、自分自身、昔から外から決められたものにとらわれるのが苦手なんです。だからそういう部分ですごく近しい部分があるなと思っていて。それで入っていきました」
――なるほど。「U+」のときも「多様性」をテーマに曲を書いていましたけど、人それぞれの愛のあり方とか生き方とか、そういうところをにしなというアーティストは書こうとし続けているんだなあと思う。この「夜になって」もまさにそういう曲だなって。
にしな:「はい。今回、Dメロだけは後から書いたんですよ。〈生き難く恨み孕むたびに/溢れるのは産み落とされた愛で/誰よりも美しい名前をくれた/今恥じることはなく〉という部分。そこが、最初に書いてから時間を経て、自分自身少し成長した部分というか、変わった部分、強くなった部分なのかなって思うんです。なんて言ったらいいかわからないんですけど……正解はないし、人それぞれ違うけど、結局私はずっと私と付き合っていかなきゃいけないし、それを大切にして、そこから生まれてくる愛も同じように大切にしたいなって思うんです、今は」
――このDメロの部分は、他の部分の歌詞とは主人公の強さみたいなものが全然違いますよね。すごく強い意志を持って前を向いている感じがする。
にしな:「そうですね。最初に書いたときだったら書けなかった部分なのかなとは思います」
――その歌詞以外で、今回レコーディングするにあたってどういうことを考えて取り組んでいきました?
にしな:「弾き語りでは表現しきれなかったものを表現したいなと思っていました。アレンジャーさんにこんな雰囲気でって伝えて、出していただいたものがすごくぴったりはまったなって思います。うまく言語化できないんですけど。湿度が高くて、ちょっと重厚感があって、ちょっとアダルト感があって……すごい純粋だけどイカれそうな感じというか(笑)。本当にアレンジャーさんの匠の技です。あとは一貫してピュアさは大切にしているので、それが出ているのかなとは思います」
――ピュアさ?
にしな:「精神を偽らないというか……たとえば会話していてごまかす部分でも、曲を書くときはごまかさないようにする。そこが自分にとってはピュアさですね。たとえばこの曲で〈もしもいつか人類が絶滅したとしても/私は別に構わない〉って書いているんですけど、今23歳になって演説するとして……」
――え、演説?(笑)
にしな:「演説(笑)。演説するとして、『人類が絶滅したとしても構わないから』とはやっぱり言えないと思うんです。でも心の底では、別にどうでもいいとも思ってるんですよ。私は私しかわからないし、自分が好きな人を守りたいし、結果もしも、人類が続いていかなかったとしても、そこまで私は考えられないし。心の中ではそう思ってるけど、それを大勢の前で言うかと言われたらそうは言えない。でも、ここでは嘘をつかないようにしようっていう」
――なるほど。だから〈いつか人類が絶滅したとしても〉というのは悲劇的に見えるけど、じつは悲劇ではないというか。すごく前向きな意志の話なんだよっていう。それってすごくにしなというアーティストの本質論ですよね。世界がどうあっても私は私だし、私の感じる愛はこれだっていう。
にしな:「そうですね。でもそう思えるようになったのは音楽をやるようになっていろいろな人に出会ってからかもしれないですです。MVを撮らせていただくときに関わってくださる監督さんだったり、スタイリストさんやヘアメイクさんだったり、みんなそれぞれすごく素敵な変な人たちで。そういう個性的な方々に出会って関わっていく中で、みんなそれぞれなんだなってなんとなく思ったのかもしれないです。昔はすごく探してました、自分自身って何だろうって。今も曲を聴いた感じと会った感じと違うねって言われることも多いですし。
――確かに曲を聴くと、より生々しいにしなに出会える気がしますね。この曲を改めてレコーディングしてみて、いかがでしたか?
にしな:「レコーディングしたのは結構前で、『odds and ends』に入ってる曲たちと一緒ぐらいのタイミングだったんです。だから1年ぐらい前。その頃は自分の歌についてすごく悩んでたのにうまくいかない時期で、もちろん今も試行錯誤してるんですけど、このときはすごい向き合って、苦しくて。でも、そのとき出せる全部はやりきれたレコーディングだったような記憶があります」
――この曲を今リリースするというのは、にしなさんとしてはどういう感覚なんですか?
にしな:「どうだろう……もちろんどの曲も大切ですけど、この『夜になって』はより大切だなって思う気持ちが強くて。だから出せる喜びもあるし、ちょっと怖さもあるんですけど」
――この曲をより大切だなって思う理由は何なんですか?
にしな:「いろんな曲書きますけど、今思う、生きる上で一番大切なことは自分の中で『愛情』かなってすごく思って。それに対して自分が思うことを書いている曲だからですね。これを聴いて悲しさが軽減されたり、悩んでたらそれに寄り添えたりしたらいいなって思う、そういう自分の中の希望が他の曲よりも少し強い気がするんです」
Interviewed by Tomohiro Ogawa