【インタビュー】輪廻
――ちょっと久しぶりですけど、元気でしたか。
にしな:元気です。
――最近は何やってるんですか?
にしな:最近は制作か旅をしていて、ニューヨークや韓国に行ってきました。
――人生を楽しんでいるのはいいですね。そんななか、「輪廻」という曲が出ます。ツアー「MUSICK 2」で披露していましたけど、すごい曲だなあと思いました。そのライブでも話していたけど、改めてこの曲がどうやってできたのかを教えてもらえますか?
にしな:この曲は祖母が亡くなったときにそこで感じたこととか見えたものから曲を書き始めたんです。祖母が病気になってしまって……それまで、そこまで頻繁に会っていたわけではなくて、年に1回会えるか会えないかぐらいの距離感だったんですけど、もう会えなくなってしまうと思ったら、祖母も会うことを望んでくれて、結構会いに行くようになったんです。週1回ぐらい、お部屋の掃除をしたり、ごはんが食べれなくなっちゃってたけど、チーズケーキなら食べられるって言うので、それを各地で探して届けたりして。そういう生活をしてた時期があったんです。それで「なるべく長く一緒にいれたらいいな」って思ってたんですけど、お別れするときが来てしまって。
――うん。
にしな:ちょうど仕事をしているときだったので、最期には立ち会えなかったんですけど、夜、仕事が終わって帰っているときに、バスからすごく丸くて大きくて赤い月が見えたんですよね。それを見て、これは祖母が私に「行ってくるね、頑張ってね」って、パワーを送ってくれているのかなってすごく思ったんです。
――それがこの曲を書き始めるきっかけだった。
にしな:「この情景を曲にしていきたいな」と思って。そこに、出会いと別れということとか、生きる上で人の存在ってどういうものなんだろう、そこに「いる」とか「ある」ってどういうことなんだろう、みたいなことをすごく考えながら書きました。
――それにしても、食べたいものを聞いてチーズケーキを欲しがるとは、ハイカラなおばあちゃんですね。
にしな:本当ですよね(笑)。すごくサバサバしていて、タバコもスパスパ吸って……かっこいいおばあちゃんだったんですよ。頭がいい人だったし、隠している部分もすごくあるし、必要以上に深くは入ってこないけど、困っている人にはちゃんと手を差し伸べる。そういう人でした。
――そんなおばあちゃんが亡くなって、バスから見た月につながりを感じたということですけど、そういう感覚になったことは今までもあったんですか?
にしな:わりと思うかもしれないです。何かを見たり感じたりして「これはきっと……」みたいなことは思うタイプなので。
――そこからどうやって曲を書き上げていった?
にしな:時間をかけながらゆっくりゆっくりっていう感じで、いろいろな自分の思考も入っていって完成に向かっていきました。音楽もみんなが耳で捉えてくれるものじゃないですか。人の声もそうだけど、そもそもそれってどういうことなんだろう?って思ったり、何かが振動して届いてるって不思議なもんだよな、と思ったり。目の前にいるというのも、光が反射して、それが自分の目に入って見えているというのは不思議なことで、もしかしたら、いつかそこにいなくても見えるようになることもあるのかなあ、とか。ちょっとSFチックですけど、そういうことを自分なりに考えて作っていましたね。
――SFというよりは、哲学ですよね、それは。
にしな:そういう感じ。正解がない問いみたいな。
――Spotify O-EASTでの「MUSICK 2」ファイナルでも、今話してくれたようなことを話していたじゃないですか。そのときににしなは「スピッた話じゃないんだけど」って言っていて。だとすれば、にしなさんが月を見て感じたこととか、この曲を作るなかで考えたことっていうのはどういうものだったんだろう? 神聖なものだったのか、それとももっと生々しいものだったのか。
にしな:なんか、全然神聖なものではなく、ごはんを食べるとかに近い感覚かもしれないですね。ふと、もう会えなくなっちゃった人のことを思い出すときに、それって死んでるのか、生きてるのか、どうなんだろう?みたいな。生活の中にあるさりげないものていう感じ。
――この曲がおもしろいなと思うのはそこで。言ってみれば人の魂とか霊とか、そういう世界の話とも取れるような事柄なんだけど、本当におっしゃったように、「今日はあれを食べておいしかった」とか「韓国行ったら暑かった」とかと同じような感覚でそれを見つめて歌っているにしながいる感じがするんですよ。
にしな:そうですね。あんまり考えずに書いたらそうなっていたので、なんでそういう思考になっているのかはわからないんですけど……でも、これは結構パーソナルな話ですけど、 自分の親戚とかにクリスチャンが多いんですよ。キリスト教のお葬式って、すごい悲しいっていうよりは、みんなでお歌を歌って「新しい門出だよ」みたいなニュアンスが強いんですよね。ある種重く捉えすぎないというか。おばあちゃんが亡くなったときにもそれをすごく感じたんです。だから、ここでお別れしておしまいじゃないっていうのが自分の意識の中にはすごくあるのかなって思いますし、人が死んでどこに行くのかはわからないですけど、もしかしたらおばあちゃんも生まれ変わって、さらにハッピーになってそばにいるかもしれないし、自分自身の心の中にもいるし、物理的に同じ姿では会えていないけど、なんとなく、一生のさよならをした感じもしない、みたいな。そういう感覚が自分の中にあるんです。
――それがつまり、にしなにとっての「輪廻」ということですよね。姿が変わったり消えたりしてもつながりは感じられるよねっていう。
にしな:そう。回っていく感じがするんですよね。もらった優しさとかもどんどん巡っていったらいいなって思いますし、それが自分にも返ってくるし、誰かにも届いていったらなって。
――そういうことを、にしなはずっと歌ってきた気もしますね。思いがつながって巡っていくとか、距離とか関係なく、通じ合える瞬間ってあるよね、みたいなこととか。
にしな:そうですね。だから何か新しい思考や自分の価値観を書いたっていうよりは、自分の中にあったものを改めてこのきっかけでなぞらえたっていう感じです。
――うん。たとえば「輪廻」のなかの〈何度だって巡り合える〉っていう言葉は「つくし」にも出てきていましたよね。
にしな:ああ、確かに「つくし」は通じる部分が大きいかもしれない。
――もしかしたら出発点にある思いや考え方は近いのかもしれないなと。でもアウトプットはまったく違いますよね。「輪廻」はサウンドもとても力強くて。ダブを取り入れたアレンジですけど、これはにしなさんのなかに何かイメージがあったんですか?
にしな:そうですね。最終的には重く捉えすぎられず、前向きになれることがやっぱり自分の中では重要だったので、それはアレンジしてくださったトオミヨウさんにはお伝えしました。アレンジを進めているときにちょうど「3・11から何年」みたいなタイミングがあって、そういうのも影響したと思います。自分自身の祖母とのお別れから書いた曲だけど、いろいろな自然の営みの中で出会いや別れがあって、生きているとそこに飲み込まれていくけど、そうした記憶やその思いが回っていったらいいなって。それも含めて、「前向きに渦を巻いて動いていける感じの楽曲になったら嬉しいです」みたいなことは言っていました。
――フィジカルなグルーヴと宇宙的なスケール感が結びついていくようなアレンジで、これは歌詞の広がり方とも通じている感じがします。この「輪廻」はにしなのすごく個人的な体験から始まっている曲だけど、それが「雪」とか「草木」とか「宇宙」とかっていう言葉にポーンとジャンプしていく感じがおもしろい。
にしな:昔から、自分自身とか何かを見つめるほど、結局たどり着くのは宇宙だったりするんです。なんて言うんですかね、「自分を知ることが他者を知ることなのかもしれない」みたいな。「みんな宇宙のことすごい知りたがるけど、本当は地球のいちばん中心部のこともまだ知らないんだよ」みたいなのを何かで見たことがあって、人もそれと一緒だよねって思って。コミュニケーションを取っていて、人の思考とか感覚とかって、まさしく宇宙なのかなって思うんです。うまく言えないんですけど、1人1人の中に宇宙があるって思うし、最果てを知りたいんだったら、いちばん近いところを探索していくのがもしかしたら近道なのかもしれない、みたいな。そんなことをずっと思っているのが、ここに出てるのかな。
――わかります。ないけど「ある」って思うことと、宇宙の果てに何があるんだろうなって想像することとか、地球の奥深く中心部ってどうなってるんだろうなって誰も見たことのない世界に思いを馳せることって同じじゃんっていう。その「同じじゃん」って思う感覚がたぶんにしなさんのなかにはあって。それがこの曲にはそれがすごくよく出ているような気がする。
にしな:そうですね。すごい広いけど、すごい狭い、みたいな。言葉にするとそんな感じです。宇宙のことを歌っているみたいだけど、もしかしたらすごい狭い世界を歌っているのかもしれない。
――しかも、この曲では最後に〈そうやっていつかまた出会う宇宙の埃になれ〉って歌うんだけど、最終的にはその程度の話というか、自分たちがここで生きていくというのは「埃」みたいなもので、決して大袈裟なことではないっていう達観みたいなのも感じられるんですよね。「知らんけど、そういうもんだよね」みたいな。
にしな:確かに。「知らんけどそうだよね」はすごく強いかもしれない(笑)。
――〈悲劇喜劇は全て必ず糧を育む〉という歌詞もあるけど、悲しいとか嬉しいとか、そういう気持ちも超越したところに生きるっていうことはあるよねっていう思いが出ている感じがする。
にしな:そうですね。その物事をどっちから見るか、みたいなことだと思います。悲しいことも別の角度から見たら意外とあれも必要なことだったと思うし、おもしろいなって思います。人間も、生きることも。
――うん、その「おもしろいな」がこの曲にはあるよね。それこそ、赤い月を見ておばあちゃんに思いを馳せたとき、それは客観的に見ると切なくて悲しい光景だけど、にしなのなかにはたぶんある種のおもしろみがあったんだと思うんだよ。
にしな:ああ、そうかもしれない。
――「あ、なんかつながってるかも」みたいな。
にしな:確かにそうかもしれない。だからこの「輪廻」は、どっしりした雰囲気はあるけど、別に悲しい歌ではまったくなくて。本当に「つないでいこうよ」みたいな気持ちが最終的には強いですね。
――うん。そう思うと、にしなにとっての音楽や歌というのもそういうものですよね。歌にすることで思いが届いてつながっていくという。なんかそういうものもこの曲には投影されたのかなという感じがします。
にしな:そうですね。そういう感覚があって、そういうところに落ち着いているのかもしれない
――にしなさんの音楽って、聴き手にすごく強くメッセージするみたいなものが少ないじゃないですか。それよりも状況を歌うというか。
にしな:それはめっちゃあります。別に言うことを言ったら、それはそれでおしまいっていう。
にしな:みんなにはみんなの感じ方や考えがあるし、「正しい」とか「間違い」っていう言葉使うとまた難しくなっちゃうんですけど、それぞれに選びたいものがあるし、何でも選んでいった先は正解にしていけるって思うし。そう考えると、私なんかが言うことはないなって思うんです。思うことはあるし、不満とかがあったらもちろん言いますけど(笑)、「私はこう思うけど」止まりです。
――そういう意味では、この曲はもちろん具体的な出来事から生まれた曲ではあるけど、結果的にはにしなというシンガーソングライターが音楽をやる理由みたいなところまでたどり着いた曲であるなと思います。歌い方もそうですよね。最初は独り言っぽい感じで始まった感じだけど、サビがちゃんと広がっていって。
にしな:これはどこで録ったんだっけ……。記憶が曖昧なんですけど、冒頭のところは小さい声でポツポツ歌うのって結構難しいなって思ったのは覚えています。声を大きく張り上げるよりも、体の感じが出るなあと思って、そこを追求してできるところまでやってみようって、模索しながら歌を録っていた気がします。
――まさに生活の延長というか、起きて顔洗って声出してっていうような感じの歌い方ですよね。
にしな:そうですね。力が抜けたスタート。
――それも含めて、にしなはこの曲でそうやって生きているということを表現したかったんだろうなと思うんです。だから聞きたいんだけど、にしなさんにとって今生きているということはどういうことなんですか?
にしな:うーん……死んだ先がわからないから、生きているのか死んでいるのかもわからないですけど、でもたぶん生きてるんで。私は永遠に生きられるようになっても永遠は生きたくないって思うんですけど、それは、チープな言葉で言うなら、終わりがたぶんあるんだろうなって思ってるから楽しいからだと思うんです。歳を重ねていくことをたまにやだなって思ったりするけど、自分がどう変わっていくのかを見たい。歌う内容とかもその場で止まり続けるものはないじゃないですか。動き続けていく心の変化とか景色の変化とか、そういうものをすべて楽しんでいくことが生きているということかな、難しいけど。これ、答えになってますかね?
――なってるし、今の話はすごくにしなっていう人の音楽の手触りにすごく通じるものがあるような気がする。
にしな:なんか、絶対生きてるんだろうけど、「本当に生きてるのかな?」みたいな疑いがあるんですよ。その感覚はずっと曲を作るなかで、何かを疑った先に可能性を広げていくというのと通じる部分があるというか。たまに音楽にも出ているなっていうときがあります。でも、たまたまどういうわけか生きちゃってるから、その間ぐらいはいっぱい楽しんじゃおう、みたいな。そうすれば終わりが来たとしても何か残っていく感じもするし、死んだ先でどこに行けるのかっていうのもちょっと楽しみ。まあ。行ってみなきゃわからないから永遠に疑問はつきないし、どうせだったらそこは急がず、いろんな疑問を楽しんでいきたいって思います。
――うん。この「輪廻」という曲はおばあちゃんとのことがきっかけとあったから、すごくまっすぐにそういうところを描けたのかもしれないですね。でもにしなさんって、今回みたいにパーソナルな経験から曲ができましたっていうことを具体的に明かすことってあまりないじゃないですか。
にしな:うん、ないですね。でも今回はなんか言ってみました(笑)。
――この曲をどういうふうに受け取ってほしいですか?
にしな:聴いた人にですか? それは別に、1回聴いてスーッて流れていってもよくて、なんか立ち止まった時にたまたま流れて「そうだよね、また明日もがんばっちゃおう」みたいに思ってくれる人がどこかで1人でも現れたら、それはもう作った意味があるので。全然重く捉えないでほしい。それぞれのタイミングで必要な人には届いていくかもしれないし、その時にちょっとでも目が前に向くきっかけになってくれたら嬉しいなって感じです。
Interviewed by Tomohiro Ogawa