【インタビュー】日々散漫

――3年半ぶりのアルバムができました。なんと21曲入りというボリュームです。
にしな:はい(笑)。曲が溜まりすぎちゃいました。もう、「どうやって並べたらいいんだろう」って、大変でした。
――結果、「日々」と「散漫」っていう2枚組になったわけですが、このタイトルと楽曲の分け方についてはどういうことを考えました?
にしな:『日々散漫』ってタイトルは……21曲入りっていうことになって、それこそ「もうどうやってまとめたらいいんだろう、めちゃくちゃ散らかってるじゃん」みたいな気持ちで曲を聴いていくなかで、このアルバムにおいてなのか、自分自身のキャラクターなのかはわからないですけど、2つの柱を感じたんです。ひとつはすごく日常的な側面、なんでもない日々みたいな感じ。で、もうひとつが、混沌なのか、散漫なのか、ちょっと適切な言葉がわからないんですけど、ごちゃっとした面。その2つをすごく感じるなと思ってこのタイトルにしました。なんかかわいいし、これまでの2作は英語と数字だったから、漢字でいい感じだし。これだけ曲がたくさん入っているので、みんなのいろいろある日常に寄り添ってくれるアルバムになったらいいなと思って、このタイトルにしました。でも、この曲の分け方自体は、はっきりと「日々」と「散漫」に分かれているかと言われたら、ちょっとわからなくて。「おてごろ盤」だとディスク1枚に収まるし、サブスクでも2枚通して流れるじゃないですか。だから分けるというより、大きな流れを意識して組んでいきましたね。
――このアルバムにはこの3年半の軌跡も詰め込まれていて、だから「日々」という言葉はすごくわかるんだけど、そこでもうひとつ、「散漫」という言葉が出てきたのおもしろいですよね。この言葉って、それこそ「注意力散漫」とか、ぱっと聞いた時にちょっとネガティブな意味合いも含んでいる感じがするじゃないですか。でも、このアルバムの「散漫」はすごくポジティブな意味をもって響いてくる。
にしな:うん。なんか、イメージとしては部屋がとっ散らかってる感じなんですよね。月日の中でいいことがあったり悪いことがあったり、最高と最悪を繰り返していくのも「散漫としてるな」って思いますし。あと、こうやって会話している時に急に「あ、お茶減ったな」って思うとか、気持ちがどっかに行っちゃう感じとか、昨日と今日で言っていることが違ったりとか。それはネガティブと言われたらネガティブなのかもしれないですけど、私は「かわいい」と思うんです。なんか人間らしいなって。だからバッドではないというか。響きもかわいいし(笑)。
――いろいろな感情とか状況とかがごちゃ混ぜになって、しかも日々ぐるぐると変わっていく、その散漫な全体をすごく愛でているというか、楽しんでいる感じがする。「日々」のほうも含めて、そういう曲たちですよね。結果、こうやって2枚に分けて並んだ曲たちを見渡した時に、自分ではどんなアルバムになったなと思います?
にしな:素直に「現在地」って感じ。いろいろな曲が入っているし、曲のなかでは矛盾したこともいっぱい言っているかもしれないですけど、自分的には現在地です。「ここまでやってきた」っていう意味でもあるのかもしれないけど、「まだ途中」っていう意味でもある「現在地」。
――このアルバムには既発曲もたっぷりある一方で、今回新たにレコーディングされた新曲たちがどれもすばらしくて。この新曲たちがあることによって、アルバムがまさににしなの「現在地」を示すものになったという感じがするんですけど。たとえば「婀娜婀娜」とかはいつ頃どうやってできた曲ですか?
にしな:新しいかもしれない。これはアルバムを作るってなって取り掛かったのかな。1年ちょい前ぐらい。ずっと「アフロビートをやってみたい」って言ってたんですけど、それをYaffleさんに伝えて、トラックを作ってもらったんです。
――「婀娜婀娜」って普段使わない言葉ですけど、これはどういうところから見つけてきたんですか?
にしな: この曲は本当にタイトルがつけられなかったんです。タイトルが歌詞の中にあるような曲ではないと思ったし、その時にはもうアルバムに入れることを意識していたので、並んだ時にちゃんと目に入ってくる方がいいなとも思って、「だったらカタカナでもなく英語でもなく、日本語で漢字がいいな」みたいなことを思ってて……なんで「婀娜婀娜」が出てきたんだろう? なんか、美しい様を意味する言葉をいっぱい探していたんですよね。で、「婀娜婀娜しい」って、すごいドロドロしてそうな響きなのに、美しいという意味だと知って、いいかもって思ったんです。響きもいいし、それで選びました。
――曲自体も、ちょっとダークでアダルトな雰囲気だけど、それをすごくきれいなものとして描いている感じですよね。〈歌舞伎町〉とか出てくるの、初めてじゃないですか?
にしな:そうですね。この曲の歌詞は……いろいろ一歩が踏み出しづらくなるじゃないですか、大人になっていくと。で、最初は自分自身について語ろうと思って、「最近の生活といえば」って感じで始めたんですけど、歳を重ねて痩せづらくなったりとか、そういうのも言いたいなと思って書いていって。でも最終的には、なんか「己の魅力でしかやっていけないよな」みたいなところに行き着いたんです。
――この「婀娜婀娜」もそうですし「in your eyes」とか「ドレスコード」もそうですけど、ラブソングというか、恋愛を描いた曲が今回多いじゃないですか。にしなはこれまでもそういう曲をたくさん書いてきたけど、その書きぶりというか出口がこれまでとはちょっと違う感じがするんです。まさに今話してくれたように、自分を肯定していくというか、受け入れていくというか。「ドレスコード」なんかまさにそうですけど、これはお別れの歌なわけじゃないですか。でもそれをすごく前向きに捉えていますよね。終わりの歌なんだけど実は新しい始まりの歌であるっていう感じになってる。
にしな: 確かにちょっと出口は違うのかもしれない。前はきっと……悲しい曲はすごく好きなんで、なんかこう、「この恋の、ここからここの期間を見て書く」みたいな書き方だったと思うんです。今もそういうことは何度でもできる自分でいたいと思うんですけど、その時よりは長く生きてきて、「その先がある」みたいな気持ちがちょっと強まっているのかもしれないです。

――それによって、切ない恋や愛を描くにしても、違うメッセージ性を与えられるようになったという感じがします。「音になっていくよ」もそんな感じがするんですよね。
にしな:うん。この曲は、本当に寝かせまくったんですよ。「春一番」と「debbie」をやってくれた永澤和真さんと曲を作ろうってことになって、「最近聴いてる曲を聴かせ合ったりして。そこから一緒に叩き台を作ったんですけど、それをそこから3年くらい寝かせていたという(笑)。なんか、ずっとハマらなかったんですよ、自分の中で。今回アルバムに入れるとなって、頑張りました。歌詞は、まずは言葉遊びがあるなかで……私は曲を作ったり歌を歌ったりして生きていて、人との会話とかコミュニケーションが本当に音になっていってるって思っていて。それで、あなたと私の関係を、ズレているときも合っているときも、そこで生まれる音を楽しみたい、みたいな感じで書いていきました。
――その、いい部分もよくない部分も、うまくいってるところもうまくいってないところも含めて、全部音になっていくんだよっていう感覚は、すごくこのアルバムを象徴している気がする。「グローリー」での、〈花の代わりに〉ラブソングを歌うというのもそういうことだと思うんですけど。
にしな:ああ、確かに。それこそ『1999』の時はちゃんとパッケージ化じゃないですけど、作品としてキチっとすることが好きだったし、それを気に入ってたんですけど……周りのミュージシャンとかを見ていて、言いたいことを言ったりしているのもかっこいいなって思ったりして。今はわりと、言いたいことがあったらそれを書きたいとか、生活がちょっと見えたらいいな、とか。そういうスタイルって素敵だなっていうモードなのかな。あと、生活に馴染んだということなのかもしれないです、この仕事が。
――確かにそんな感じはしますよね。本当に生活の延長で音楽をやれているというか。そういう意味ではディスク2のオープニングを飾っているのが「今日も今日とて」というのもすごくいい。これこそ本当に呼吸するみたいにできた曲という感じがするし。しかもPARKGOLFによるリミックスで、また新たな顔を見せていますね。
にしな:これはめっちゃ気に入ってます。この曲はInstagramのキャンペーン用に作った短い曲なんですけど、スタッフ的にはもうちょっと長く作ってほしいという感じもあったと思うんです。でも私としてはもうあれ以上はなくて。パパパパってすぐ終わって、「何だったの?」っていうのが完成形でした(笑)。だからこれを長くするっていうことはできなかったんですけど、でもアルバムに入れる上で、そのままというよりもなんか楽しいことをしたくて。それで大好きなPARKGOLFさんの音になったらいいんじゃないかなって思って、お願いしました。もしかしたらアルバムでいちばん気に入ってるかもっていうぐらい気に入ってます。すごい、PARKGOLFさんという人間が出ている音だなって思うんです。すごく爽やかだし弾けてるし、カラーがあるんだけど無理してないし。それってすごいことだなって思いながらいつも聴いてます。
――うん。すごくPARKGOLFを感じるし、同時にすごくにしなも感じる。短い曲だし、ああいうリリースの仕方だし、わりと言いっぱなしっていうか、言ったもん勝ちみたいな感じの曲じゃないですか。
にしな:はい(笑)。

――そのちゃんとしようとしてない感じっていうのが、まさに「散漫」を象徴する曲だなと。
にしな:そうですね。「わをん」でディスク1が終わって、そこで味変じゃないけど、ここからちゃんと始まったらいいなという気持ちで「今日も今日とて」を1曲目に置きました。
――味変どころか、ディスク2単体でもちゃんと1枚のアルバムになってる感じがしますよね。ここから始まって、「パンダガール」みたいな曲もあって、一方で「つくし」みたいな壮大な曲もあって。そして弾き語りの「Twinkle Little Star」で終わっていくという流れはとてもきれいだなと思います。
にしな:うん。
――で、そのクライマックスとなっているのが先ほども少し話に出した「グローリー」という曲で。これはいつごろできた曲なんですか?
にしな:もとは結構前、2、3年前には曲の種はあったんです。でもちゃんと完成したのは最近です。世界のどこかで銃声が鳴っている、みたいな現状について描いた曲って、私がリリースしてきた楽曲にはあまりなかったと思います。ミュージシャンがたとえば政治に対して何かを言うとかって、日本人はあまり好きじゃないじゃないですか。海外では結構ありますけど。私自身幼くて社会や世界の情勢に対して語れるような事はないと思っていましたし、今ほどはリアルに感じれていなかった気がします。
――うん。
にしな:でも少しずつ成長するとともに、自分が大人になってきたからこそ、小さい子たちに、次の世代に何を遺していけるかみたいなことに対して、そこに責任を持たなきゃいけないなって感じることが増えたんです。私は難しいことはわからないし、知識も足りないから何も語れないんですけど、やっぱり会ったことがない子どもでも、大人でもそうですけど、つらいよりは笑っていてくれる方が嬉しいって思う。でも、幻みたいだけど、現実には本当に戦争してる国があったりとかする。そういう現状に対して、自分が音楽を使って何かするんだったら、なんか……ちゃんとラブソングでありたいって思ったんです。
――〈原爆〉とか〈殺めてる〉とか〈銃声〉とか、インパクトのある言葉が歌詞に使われていて。確かににしなが今まで歌ってこなかったような風景を描いた曲だから、驚きももちろんあったんですけど。
にしな:うん。
――でも一方で、にしながずっと歌ってきたことを、すごく解像度高く、改めてちゃんと書いたなっていう感じもするんです。それこそ「plum」でも「ねこぜ」でも、世の中いろいろあって大変だし、ともすれば残酷だよね、みたいなことは歌っていたと思うんですよ。それをこの曲ではすごく具体的に、ある種冷静に見つめ直しているというか。
にしな:はい。

――前作の「1999」でも、世界が終わる瞬間のことを歌っていたじゃないですか。でもあれは「お話」というか、イメージだったと思うんです。あるいは「FRIDAY KIDS CHINA TOWN」でもミサイルが飛んでくるという情景を描いていたけど、あれもまたお話だった。でもこの曲は、紛れもない現実を歌っている。そこで「みんなでラブソングを歌うんだよ」って歌ったというのは、すごくタフだし、大きなことなんじゃないかなと思います。
にしな:そうですね。でも大きな世界と向き合っている様で、自分自身と向き合って書いていたんだなと思います。書きながら「やっぱわかんないな」って思うこともすごくいっぱいありました。でも最後のセクションに入った時に、「あ、だけどはっきりわかることもあるな」って思ったんです。それで〈らららラブソングを〉って書きました。何もわからない私でも、これなら自分の中の意思としてわかるっていう。
――そこが正直だし誠実だし、それこそ等身大ですよね。「こんな世界はよくない」とか、ましてや「変えなきゃ」とかいうことじゃない。もっと自分に近いところに引き寄せて、そういう世界の中で私は何をやるかって言ったら、みんなでラブソングを歌うことだよね、という。で、そのあとに弾き語りの「Twinkle Little Star」が続いていくというのもすごくメッセージになってるなと思いました。
にしな:うん。今までいろいろなトライをしてきて、このアルバムにもいろいろなものが入っていて。で、そのなかで最初に戻るような感覚があるって言いましたけど、私はやっぱり弾き語りの曲がいちばん好きなんですよね、たぶん。言葉がより素直に届く気がするし、何もない隙間の音も音楽に感じられるし。それ以外の曲ももちろんすごい好きなんですけど、なんか足りないものが結構好きだなっていうのは、ここに来て改めてすごく感じるようになって。だからアルバムの最後はより自分らしく、なんか足りない感じでいってもいいかなと思って、この曲を弾き語りにしました。
――なるほど。結果弾き語りになったことによって、この曲はすごく温度を感じるものになったっていうか、「足りない」とも言えるけど、でもすごく豊かな人間を感じさせるものになった気がします。それがこのアルバムを締めていくにあたってすごくふさわしいなと思うんです。このアルバムにはもちろんいろいろな曲が入っているし、にしなは普段からいろいろな人とコラボしながら曲を作っているわけじゃないですか。
にしな:はい。
――で、ライブではバンドでやっているし。1人で部屋で座ってギターを弾いて歌うというのとは違う形で今音楽をいっぱい作っているわけですけど、根っこのマインドの部分では、今のにしなの音楽はむしろ弾き語りに近づいていっているんだと思うんです。「1人だから自由だ」っていうのと同じぐらいの自由さを、今いろいろな人と交わりながら生み出せている感じがする。もっと簡単にいうと、「こうじゃなきゃ」っていうのがどんどんなくなっていってる感じがします。
にしな:うん、どんどん形をなくしていっているかもしれない(笑)。
――それがおもしろい。「にしなってどんなアーティストなんですか?」って言われて、この21曲をポンって出されたら、ちょっとわからないかもしれない(笑)。
にしな:あはは(笑)。ちょうど昨日、撮影でコーヒー屋さんに行ったんですけど、その時にそのお店の人に「どんな曲やってるんですか?」って聞かれて、なんて言ったらいいんだろうと思って、「あ、J-POPです」って言っちゃいました(笑)。自分を表す言葉ってすごく難しいなって、その時思いました。
――難しいけど、そもそもそういうものだから、人間って。もっともっと説明しづらい存在になっていってほしいなと思います。
にしな:はい(笑)。がんばります。

Photo by Kotori Kawashima
Interviewed by Tomohiro Ogawa