ライブレポート「MUSICK 2」
2025年6月26日(木) にしな ワンマンツアー「MUSICK 2」ライブレポート
6月2日(月)・高松オリーブホールを皮切りに、全国のライブハウスを巡ってきたにしなのワンマンツアー「MUSICK 2」。
そのファイナル公演が、6月26日(木)、東京・渋谷のSpotify O-EASTで開催された。このツアーに今年4月に東京国際フォーラム ホールAで行われたライブ「MUSICK」の続きともいえる名前が付けられた理由を、にしなは「『MUSICK』が楽しかったから、これを各地に届けたいということでツアーにした」と語っていたが、音楽の楽しさそのものを伝えきった国際フォーラム同様、いやそれ以上に、この日のにしなは音楽を通してオーディエンスとコミュニケーションを交わすことを心から楽しんでいるように見えた。
開演時刻、グルーヴィなBGMに乗ってバンドメンバーが登場し、続けてにしなが姿を現す。 ここ最近の彼女のライブにあったオープニングムービーもステージ演出もないラフなスタートが、今回のツアーの性格を物語っている。そしてにしなはエレキギターをかき鳴らして歌い出した。 「ヘビースモーク」だ。ステージから放たれたにしなの歌が、言葉が、バンドの演奏が、まっすぐにこちらへと飛び込んでくる。 余計な装飾もストーリーもない、そこにはあるのはシンプルな音楽のみ。だからこそ、曲に込められた感情の動きがダイレクトに伝わってくるように感じる。 「やってまいりました、ファイナル! O-EAST、元気ですか!」。にしなの言葉にフロアは歓声で応える。「めいっぱい楽しんで、good day、good week、good nightにしてまいりましょう」。 そんな言葉とともに届けられるのは「weekly」。
「ねこぜ」の軽やかなメロディとみんなで叫んだ「ほっとけー!」の言葉がステージとフロアの距離をさらに近付けると、「改めまして、にしなです!」と挨拶。「今日はせっかくのファイナルなので、恥じらい捨てつつ楽しんでいければ」とメッセージを伝えると、バンドサウンドが疾走する「あれが恋だったのかな」が始まり、その勢いのままドラムのカウントから「真白」に突入していく。この上なく切ない歌詞をもつ曲だが、この日のライブのムードのなかで鳴らされると、なんだかとても力強く、躍るように響いてくる。「つくし」では神々しさを感じるような光がステージを満たすなか、にしなが柔らかく歌い上げる〈いのちはただ美し〉というフレーズがO-EASTに鮮やかに広がり、フロアからは大きな拍手が送られたのだった。
その余韻も冷めやらぬなか、おどけた様子で話し出すにしな。ここからは『MUSICK』でもやっていたアコースティックコーナーである。ステージに置かれたスツールに座り、バンマスでキーボードの松本ジュンとふたりだけで演奏するのが、なんの曲をやるのかは、準備した2曲のなかから集まったお客さんの多数決で決めるという。とはいえ曲名は伏せたまま、なんとなくの雰囲気だけで判断するという、超高難度の2択である。そして拍手の大きさで決を取り、無事演奏する曲が決まった。
にしなが〈そういえば今朝実家からリンゴ届いてたよ〉とセリフを語り出す。そう、「ワンルーム」だ。ミニマルなサウンドのなかで、にしなの声に宿る心の機微が手に取るように伝わってくる。さっきまで賑やかだったフロアもしんと静まり返り、その力強くも切ない歌声にじっくり耳を傾けていた。歌い終えてにしなは「緊張感ありますね」と一言。『MUSICK』のときもすばらしかったが、この「ワンルーム」はにしなの歌と歌詞の凄みを心から実感できる、すばらしい時間だったと思う。その後オーディエンスからの「みんなー!」という声で残りのバンドメンバーを呼び込み、「アコースティックコーナーをやるってなって、いちばん最初に『やりたいな』と思った曲」と、全員で新たなアレンジに生まれ変わった「plum」を届けていく。ピアノとドラムが生み出すスリル、アコースティックのギターとベースが紡ぐまろやかなグルーヴ、そしてその上でリズミカルに弾みながらのびのびと展開していくにしなのボーカル。オリジナルのバージョンとは一味も二味も違う「plum」に、オーディエンスも心地よさそうに身を委ねている。そしてアコースティックコーナー最後の曲として披露されたのは「It’s a piece of cake」。一面「ラララ」の大合唱が巻き起こり、にしなは「みんな天才です!ありがとう!」と満面の笑顔を見せた。
「ケダモノのフレンズ」から始まった後半でもライブは盛り上がりを増していく。「一体感、見せつけてほしいです!」と始まった「東京マーブル」ではサビの前のリズムに合わせて全員でジャンプし、「クランベリージャムをかけて」では恒例、にしながフロアにキャンディをばらまいて歓声を浴び……彼女自身もステージの床に倒れ込むほどのテンションで盛り上げた「シュガースポット」までを駆け抜けると、あっという間に最後の曲だ。「わをん」のスケールの大きなサウンドが、会場にいる全員を包み込むように鳴り響く。曲中、にしなが「今日のみんなの、顔も声も美しかったです。生きてたらいろいろあるけど、優しく愛をもって生き抜きましょう」とメッセージを伝えると、会場中から大きな拍手が起きた。
その後、オーディエンスの歌声に導かれて始まったアンコールでは「1999」を歌ったあと、「楽しかったですか? 私もめちゃめちゃ楽しかったです」とリラックスした表情で語り出したにしな。メンバーとツアーを振り返る会話を聴いていると、今回のツアーが、他ならぬ本人たちにとってとても楽しいものだったことが伝わってきた。「忘れかけていた大切なものをいっぱい見つけられた。お客さんの声とかエネルギーがダイレクトに伝わってきて、音楽って幸せだなって実感できたツアーでございました」という言葉からも彼女がつかんだ手応えの大きさがわかる。確かにこの日のにしなの歌には、これまで以上の生命力のようなものが宿っていたように思う。そして彼女は、次に歌う曲について語り出した。このツアーを通して披露されてきた「輪廻」という新曲である。この曲はにしなが大事な人との永遠の別れを通して感じたことを綴った曲。最期に立ち会えなかったにしなだが、バスから見えた赤く丸い月に、その人とのつながりを感じることができたのだという。「人のことを想うときに、見える景色とか聞こえる音とか、匂いとか味とか、そういうものってつながっているんじゃないかなって。優しさとか気持ちも、循環し続けるものなんじゃないかと思います」。音楽やライブも同じだとにしなは言う。「今日みんなが楽しんでくれたとしたら、それはみんなが素敵なパワーをたくさんくれて、私も自分なりに頑張ってそれを返せていたんだと思います」。この日のライブはまさに、にしなとフロアの間で何度も気持ちのキャッチボールが起きる、とても親密なものだった。それがきっとにしなにとっての「音楽」の形なのだろう。そして気持ちが溢れ出すような「輪廻」を丁寧に届けると、ラストは再びみんなでぶち上がる「アイニコイ」。お客さんもバンドメンバーも、もちろんにしなも笑顔。最高にアッパーでハッピーなムードのなか、ツアーは幕を下ろしたのだった。
Reported by Tomohiro Ogawa
Photo by Daiki Miura